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こぼれる雫はゆうやみにとける 5 [こぼれる雫はゆうやみにとける]

 


ほの暗い的場への通路に
彼女は凛として存在していた。

だけどそれに反するように
纏められた髪からこぼれる後れ毛と前髪が
彼女の存在を危ういものにしていて

ぼくは
射場に立つ彼女をこれまで何度も見つめてきた。
正直、彼女、そんなに成績が良いわけではないけど、
凛として、あこがれるには充分すぎる雰囲気をまとっている。
そんな彼女をずっと見つめてきた。

だけど、そこにいる彼女は違った。
何かを秘めているような、
消えてしまいそうな危うさがあった。


このままひとりで立たせていたら
彼女がどこかへ行ってしまうのではないか、
いつもの笑顔の彼女とは違う横顔が
ぼくの見たことのない横顔が
急に僕を不安にさせた。

儚い、そんな言葉がこころをかすめた。





 「抱きしめていいですか」



 何言ってるんだ、ぼくは。
 だけど、だけど、
 そうしないと彼女がいなくなってしまう。 



 「え?」



 「抱きしめてもいいですか」



 通り過ぎる初夏の風が彼女の前髪を揺らす。
 何言ってるんだ、困らせるだけだぞ。


 「あ…。それ…ダメです」


一瞬、戸惑う表情をみせたけど、
彼女ははにかむように笑い、
あっさりとぼくを交わした。

そこにいたのはいつもの彼女だった。

あまりにあっさりとした彼女を見てぼくは…
ぼくは言いようのない感情と対峙した。



彼女とぼくは、いつも通り矢を拾い、
的場から看的に戻り、矢じりの土をぬぐい、
そして
何もなかったかのように

ついさっきまで
ふたり立っていた通路を戻った。




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