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こぼれる雫はゆうやみにとける 6 [こぼれる雫はゆうやみにとける]

 

付き合ってもいない、
というか、
告ってもいない男から
いきなり抱きしめたい、って言われて
いいですよ、なんて会話成立しないし、
第一、通路なんて射場から丸見えだし。

絶対ヤバい奴だと思われた、
ばかなことをしてしまった、と自分を責めた。

だけど、彼女のあっさりとした様子から、
あれ?なにも言わなかったのかな、
ぼくの妄想だったかな、と思うほどで。

だけどこの心臓の高鳴りは
間違いなく何かあったし
少し手元が震えているのも
何かしでかした証だ。


ぼくは自分のとった行動を
ぐるぐると振り返りながら通路を戻った。


道場の入り口、
脱いだ草履をそろえる彼女がいた。
ぼくも続いて草履を脱ぎ、揃え、振り向く。
踏み石の上に彼女。


 「え?」

 ぼくの妄想もここまできたか。



彼女の唇がぼくの唇に重ねられたと気づいたのは、
彼女が背伸びをやめ
ぼくの唇から彼女の唇が離れた時だ。


彼女はぼくを優しくみつめ、
ちょっとだけ口角をあげてほほ笑んだ。


あ、彼女はどこかへ行ってしまうんだ。


ぼくはそう思った。



それが、彼女の言う「あのとき」で
ぼくの「あのとき」のことだ。




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