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こぼれる雫はゆうやみにとける 7 [こぼれる雫はゆうやみにとける]

 
あれからぼくは仕事の傍ら、
時間を見つけては稽古に行っているけど
彼女に会うこともなく。

エキストラの話によれば
彼女は仕事が多忙を極めているらしく、
ほとんど稽古にも来ていなかったらしい。

ぼくも「あのとき」のことは
夏の夜の夢だと思うことにして、
誰に話すこともなく、ぼくの中にしまい込んだ。
 

そして彼女が稽古に現れなくなってからしばらくして、
ぼくにも久しぶりに「彼女」ができた。
ふつうに、まあ、かわいい。
けど弓道はやっていない。


その後、
ぼくは思いのほか順調に昇段し
ぼくの昇段祝いを稽古仲間が開いてくれたとき、
久しぶりに彼女に再会した。

「あのとき」以来だった彼女は、
小さな赤い花束を持って現れた。

ぼくはちょっとだけ
「あのとき」を思い出してドキドキしたけど、
彼女からは
「さすがですね、昇段おめでとうございます」と
よくできた標準的なお祝いで花束を手渡され。
ぼくも「ありがとうございます」と定型のお礼を伝え。
だけど、その花の赤さも含めて
ぼくはどぎまぎしていた。

そんなやりとりを見ていたエキストラの一人が
「そんな花束渡したら彼女に悪いじゃん」って
場の雰囲気を読まない発言をしたら

彼女はさらっと、
そう、さらっと
「今夜は君をひとりにしてごめんね、って
この花束を彼女に渡して
そっと抱きしめてあげればいいのよ」
そう言って笑った。


ああ、そうなんだ、
彼女にとっては「あのとき」も
「花束」も特別なことじゃなくて、
さらっと、普通にできちゃうことなんだ、
そう思った。

そう思えば「あのとき」の
あっさりとした彼女の振る舞いにも納得できる。
そう自分を納得させられる。


たぶん。

 
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