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こぼれる雫はゆうやみにとける 11 [こぼれる雫はゆうやみにとける]

あのとき、私、
あなたの気持ちに答えたかった。
しっかりと抱きしめてもらいたかったの。
だけど、それだとあなたを利用することになってしまう。
あなたの好意を、
私のさみしさとすり替えようとしてはいけない、って。



サラリーマンがひとり、
待ちきれずに信号無視をして横断歩道を渡っていく。


彼女の透明な声に
ぼくはあのときの情景を思い出していた。
風が彼女の髪を揺らしていたな、とか、
あのほの暗い通路で、
彼女は凛とした姿に危うさをまとっていて
ぼくはそれで、
それで、いなくなってしまう、
と思ったんだ。



私、あのとき、
本当は抱きしめてもらいたかったの。
そしてキスしてほしかったの。

だけど
私だけ、自分の思いをぶつけてしまったから、
だからあなたに謝りたかった。
だけど
正直、謝るのも怖かったの。
嫌われてしまうんじゃないか、って。
私、あなたよりだいぶお姉さんだし。
だからあなたの昇段祝いの時
チャンスかも、なんて思ったりしてたのよ。
でも、あなたにはもう婚約者がいて
ちょっと自分を笑ったわ。
ばかみたい、って。


彼女は少しだけうつむき
ぼくは
彼女の言葉を拾い集めようと思った


だけど
彼女の声は透明すぎた。


ぼくの左肩ごしに
微かに瞬く彼女の睫毛
ふとぼくの方を向く


もう、時効ですよね。
だから、
あなたは忘れていたかもしれないけど、
謝りたかったの。
これも私の勝手な思いなんですけど。


 「あのときはごめんなさい」


彼女はぼくを見上げ
そしてちいさく頭を下げた。
髪が揺れた。

彼女の髪の香りと雨の匂いが
ぼくを動揺させる。


あのときの彼女がここにいる。
そう感じた。

誰かの手を掴みたくて掴めずに
ひとりで立ち尽くしていた
「あのとき」の彼女が、
今のぼくの目の前にいる。


いまのぼくは
彼女になにを伝えたらいいのだろう。


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